エホバの証人の母親をもって。

今日は子育ての事は置いておいて、私の生い立ちを書こうかなと。

私が2歳の頃に父親が精神病で自殺をし他界し母は女手一つで私と姉を育ててくれました。それでも今なら分かるのですが、母親も何かにすがりたかったのでしょうか、ある日訪問してきたエホバの証人から楽園の希望の話を聞きどっぷりその宗教にハマってしまったのです。

私も記憶はありませんが物心がついた時には聖書を読んでいました。3歳後半には聖書の朗読もしていたと聞きました。

その宗教では色々な制限があり、小学生になるまで自分の家は他とちょっと違うということに気づかずにいました。

小学生低学年の時には「自分は何故産まれて来たのだろうか」「死んだらどうなるのか」「ハルマゲドンで私は滅ぼされるのだろうなぁ」など夜中考えていたのを思い出します。

中学になると反抗期を迎えました。きっかけは飼っていたセキセイインコのピー助の前で懲らしめの為お尻をムチで叩かれそうになったから。ピー助は私の可愛がっていた子分だったので…その子分の前でどうしてもお尻を出す事は出来なかった。屈辱的で。初めて母親を突き飛ばしました。子供の時と比べて母親はとても軽く転びました。「私はお母さんより強い」そう勘違いをしました。

それまでの私の世界はエホバの証人だけだったのですがそこに私の居場所は無いと感じ、学校で出来た友達の中で自分の居場所を探しました。でもなんだか襲いかかる虚しさ。

生きる喜びみたいなものは無かった。どうせハルマゲドンで滅ぼされるんだからなんて思ったりして。

そんな中、絶望感に襲われて中学2年から登校拒否に。いつ死んでもいいと思って抜け殻みたいになっていました。その時口もきけずひたすら絵を描いていたのを思い出します。

それを見た母親が私を精神病院へ連れて行きました。そこで投薬治療が始まり今では考えられないけれど、1日40錠近くの安定剤や睡眠薬を飲んでいました。

何も考えられない状態になりました。病名は「精神分裂症」。今で言う「統合失調症」ですね。

宗教をやっている母親の家庭でも居場所がなく、学校に行ったところでなんだか虚しくもう自分の価値が解らなくなっていた時、知ったのがフリースクール。それは寮生で母親から離れられるという事もあり私は15歳で家を出る事になりました。

フリースクールが今の私を作ってくれたと今でも思います。本当に今でも感謝しかない。

フリースクールについてはまた後日書きます!